空手は好きでしたか、と尋ねると「最初は痛いしつらいし、何でこんなことをしているのだろうと思うときもありました。でも、武道のマナーや礼儀を知り、向き合う相手を大切にすることを何回も教えられるうちに、『私をいじめる人はこんなことも知らないのだ』と突き放せるようになりましたね」と、安井さんは静かな口調で答えます。

いじめてくる同級生たちを冷めた目で見ると同時に、成長期だったこともありどんどん筋肉がついていく体は、安井さんの自信になったそうです。
「お母さんが、お腹をすかせて帰ってくる私のためにたくさんご飯を作ってくれたのを思い出します。いま考えたら、道場の月謝に食費に、お母さんは本当に大変だったと思いますね……」
そして、母親からは何度も「
空手で相手をやっつけてはいけない。他人に暴力を振るうのは絶対にダメ。身を守るときに使って」と言われました。
道場でも同じことを聞かされていた安井さんは、すっかり好きになった空手を大事にするためにも、貧乏を馬鹿にしてくる同級生たちは無視して鍛錬(たんれん)に励みます。
中学校では空手の大会で上位に立てるようになり、小学校時代のいじめっ子たちは「だんだん遠ざかっていった」そう。
体格が良く武道をたしなむことが知られた安井さんは、気がつけば「強い人」「怖い人」と陰でささやかれるようになりました。
「田舎だし、女子で空手の大会に出る人はいなかったので、目立ったと思います。でも、道場で教わった礼儀などがよかったのか、
先生に褒められることが増えて同性の友達に恵まれたのはうれしかったです」
小学校時代とは違い、楽しい学校生活を送れたと話す安井さんですが、現実はまた、望まない状態を連れてきます。