別の部署で働く年上の男性から「お疲れさま」と声をかけられたときのことを、安井さんは今でも覚えています。
「仲良くしてくれる人はいるにはいたのですが、やっぱり過去についてあれこれ聞いてくるのがストレスで、会社ではひとりで過ごすことが多かったんです。お昼休みはお弁当を食べたらいつも外の非常階段にぼーっと座っているのですが、わざわざそこまで来て声をかけるような人、今までいなかったですね」

男性は、自分の部署と名前を告げてから「
いつも品出しが終わってから、外のカートをきれいにしてくれていますよね。みんな業者がやるからって適当に放置していくのに、あなただけが毎日揃えてくれているのを見ていました」と、缶コーヒーを差し出します。
それは自分がいつも飲んでいるものだと気がついて、安井さんは慌てて「ありがとうございます」とお礼を言ったそうです。
「外見は普通だけど姿勢が良くて、私をまっすぐに見てきたのを覚えています」と安井さんは振り返りますが、「私は体力があるので、あれくらい何でもないです」と答えたら「空手をされていると聞きましたが、何年くらいやっているのですか?」と丁寧に質問してくる姿に今までにない新鮮な感情を覚えます。
それから、9歳から空手を始めたことや大会で優勝したことなどを話し、「こんな人は今までいなくて気が緩んだせいと思うのですが、高校時代のあの件でおかしな噂が流れていることに、つい触れてしまったんですね」本当はこうだったんです、と話したら、その人が「
あなたは何も悪くないじゃないですか。友達のためだったのでしょう、あなたはいい人だ」ときっぱりした口調で口にしたそう。
「会社の人に初めてそんなふうに言われて、もう胸がいっぱいになって。涙が出ましたね」
それが、のちに結婚することになる彼との出会いでした。