元来の大森元貴の作風は、そうではありません。バンド最大のヒット曲「青と夏」を見てみましょう。

Mrs.GREEN APPLE 「青と夏」Universal Music
<涼しい風吹く 青空の匂い 今日はダラッと過ごしてみようか 風鈴がチリン ひまわりの黄色
私には関係ないと思って居たんだ>(「青と夏」より)
一節一節にムダがなく、意味もクリア。こねくり回した言い回しもありません。けれども、ひとつの確かなメッセージがある。皮膚感覚、嗅覚、心情、聴覚、視覚を総動員して、夏を描いていくヴィヴィッドな感性がうごめいている。
ここには何も目を引く要素はないかわりに、聞く人に“これは自分のことだ”と思わせる普遍性があります。平易な言葉で、ごくごく身近な宇宙を切り取っている。
これが「コロンブス」とは真逆の質感なのです。
また、イメージの応用という点でも、大森元貴は素朴(そぼく)であることの強みを生かしています。
「Dear」という曲の、<幼さでパンを作って 大人びてジャムを塗ろう>という部分。これは、戦前のブルースマンが女性器を“Jelly roll”(ゼリーを塗って巻いたカステラにたとえている)と歌ったことが頭にあったのではないでしょうか。
いずれにせよ、「幼さ」と「大人びて」の対比に「パン」と「ジャム」を重ね合わせて、聞く人にその関係性を考えさせるフレージングは見事です。
そして、ここでも「コロンブス」のようにアクロバティックな言い回しやニッチな語句は登場しません。日常的な単語をほんの少しずらすことによって、一瞬世界を歪(ゆが)める。そこに、歌詞のアートが生まれるのですね。