蜷川の考えていた演劇世界を小栗は思い切り浴びた俳優である。
06年、小栗が主演した『間違いの喜劇』では初日1週間前、舞台稽古初日に演出プランが変更になった。蜷川は客席に集まった役者たちに向かって、

『間違いの喜劇』ブルーレイ、ホリプロ
「全体があまりにキレイだから壊したい。安っぽい大衆演劇にしたいんだ」
「このまま行くと完璧な演劇になりそうな気がしてきたんです。セットや衣裳などスタッフが頑張ってくれた結果、逆に、場末の煤けた人々が集まって芝居をやっているといういかがわしい部分が失せて、文化度が上昇していく気がしました。
ですが本来、この作品、そしてシェイクスピアは猥雑で下卑ていてアングラの匂いがするものです。そのいかがわしさをつくりたいんです」
この言葉は、パンフレットに差し込みで入れたレポートから引用した。小栗の芝居にも変更が加えられ、あたふたしながら「大幅な変更ですからねえ。そりゃあ段取りを忘れますよ~」と深刻にならないように明るく振る舞っていた。
本番4日前になってこの演出プランの急変を書いてプログラムに差し込みで入れたら?と蜷川が提案した。「インターネットじゃライブ感がない。おれならやるね」と蜷川に言われて、筆者が慌てて書いてデザイナーが慌ててレイアウトして印刷屋さんが慌てて印刷して初日に間に合わせた(コピーでも良かったのに)。
『もしがく』は見る人それぞれの、それなりに情熱を注いだ日々の記憶を呼び覚ます物語である。三谷幸喜に感謝したいのは、蜷川生誕90年の25年にこうやって改めて蜷川演劇について考えられたことだ。
ちなみに、84年9月、蜷川は無名の若者を集めた演劇集団GEKISHA NINAGAWA STUDIO(何度か名称変更している)を作って活動をはじめている。やがてそこに勝村政信や松重豊が参加するのだ。
さて、『もしがく』第10話は、それこそ、『マクベス』のようになっていく。
トニ―(市原隼人)の捨て身(?)の活躍で、オーナー(シルビア・グラブ)の悪事がカセットテープに録音されていた。それを使ってオーナーと取引する久部。週120万円の重いノルマがなくなって1日2万円で済むことになりぐっと身軽になる。
久部は「やがて小屋主になる」と、おばば(菊地凛子)は予言する。久部はリカ(二階堂ふみ)にたきつけられて支配人夫婦(野添義弘、長野里美)を追い出し、WS劇場を我が物とする。

『もしがく』10話場面写真©フジテレビ
支配人の大門が劇場を出ていくとき、久部は「この世はすべて舞台。僕らはみんな役者にすぎない」とシェイクスピアの『お気に召すまま』の有名なセリフを引用すると、大門は「じゃあ、楽屋はどこになるってんだ?」と皮肉を言って去っていく。