
入り口横の展示
橋田先生は松竹脚本部で最初の女性社員として抜擢されたそうですが、思うようにキャリアが築けなかったようです。テレビの脚本家という道にたどり着きますが、当時はテレビを書く人の立場は低かったとか……。
『西郷どん』中園ミホ先生、『アンナチュラル』野木亜紀子先生、『虎に翼』吉田恵里香先生、『国宝』奥寺佐渡子先生、綺羅星のように活躍される女性脚本家の先端にはこの方がいたわけで……。
先生が南極でペンギンといるかわいらしい写真もありましたが、ご当人がまさに「ファーストペンギン」だったんですよね。
今を生きるわたくしは、ちょっとした女性差別を受けるとゲーーーーー!!!!!!!! 信じられない!!!!! ここは令和! お前は昭和! 遺物と決別! と叫びそうになるんですが、(すぐ韻を踏む癖がある)当時のエンタメ業界で、先生はいかに大変だったことでしょうか。どれだけの辛酸を舐めながら、逃げずに書き続けたのでしょう。私は、小柄なその背中に背負ったものの重みとすごみに、いつも圧倒されていました。

ここも起雲閣の一部です。おしゃれ
実をいうと、先生との思い出は実はそう多くないんです。現場に来る方ではなかったですし、私なぞ、番組の末席に座らせていただいていた子どもでしたからね。でも、わずかな記憶でも強烈に残り、今の私に強い影響を与えています。
シャイだから現場に来ないと伺っていましたが、先生はずっと、書くことに夢中だったのでは、と思います。手書きの原稿はその証。熱海の海を見ながら、人から見れば山籠もりのように、ずっと書いていたのでしょう。退屈とは無縁だったのではないでしょうか。作家って多分そういうもの……。
伝説の女性脚本家と言えば向田邦子さんが真っ先にあがるかと思います。ただ、あれほどに書き続けた女性脚本家は、まだ橋田先生ひとりなのではないでしょうか。亡くなる数日前まで書いていたと聞きますし。
書き続ける天才、おそろしい生き物です。
せっかくなので海まで歩き、持ってきたとらやのミニようかんと懐紙(茶道で使う、紙のお皿代わり)でおやつタイムをしつつ、ぼんやり考えておりました。ちなみに前に書いた「
セルフサブスク」の2月分です!
目標にするには偉大過ぎて、お釈迦様の手の中の孫悟空のような気分ですけれども。私もせめて、「書き続ける」だけは頑張っていきたいと思います。
<文/宇野なおみ>
宇野なおみ
ライター・エッセイスト。TOEIC930点を活かして通訳・翻訳も手掛ける。元子役で、『渡る世間は鬼ばかり』『ホーホケキョ となりの山田くん』などに出演。趣味は漫画含む読書、茶道と歌舞伎鑑賞。よく書き、よく喋る。YouTube「
なおみのーと」/Instagram(
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