
『結愛へ 目黒区虐待死事件 母の獄中手記』(小学館)
一方、優里は、同僚として雄大に元夫との関係などを話すようになる。すると「それは元夫に利用されている」と指摘され、新しい考え方に触れて驚いた。また、結愛ちゃんのおむつの外し方など子育ての相談にも乗ってくれ、面倒もみてくれた。
優里が勾留中に書いた著書『結愛へ 目黒区虐待死事件 母の獄中手記』では、雄大と出会った当初のことがこう綴られている。
「(雄大は)8歳年上だから物知りなのは当然だけど、お兄さんのように優しくて、いつも私のわがままを聞いてくれた。つらい、寂しいと感じていたからかな、その人の優しさが特別なもののように思えてきた。
(中略)彼は保育園の送り迎えにもついてきてくれた。私と友人が美容院に行こうかなと話していた時は、彼が私の友達の子供も預かっておくから、二人で行っておいで、と言ってくれたこともある。洗濯もしてくれてお料理もしてくれた。結愛の実父とは大違い。私は今度こそ、お父さん、お母さん、娘という憧れの家族になれるはずと信じるようになった」
杉山氏はこれまで取材をしてきた虐待死事件と本事件の共通点について、次のように話す。
「この時の二人はどちらも、理想の家族を築きたい、築けると思っていたことがとても大きな課題だったと思います。雄大は裁判で、結婚時、明るくて笑顔の絶えない家庭を作りたかったと述べています。複数の虐待死事件を取材してきて感じるのは、事件を起こしてしまった親たちの誰もが『完璧主義』で真面目だということです。子育てはこうでなければならない、という価値規範が強くて、一時期、自分たちの力を超えて過剰とも言える努力をします。
でも、所詮そんなことは続かない。それに合わせられなくなると、助けを呼べず、うまくできない自分と子どもを人目から隠してしまいます。人に弱みを見せられない、見せる方法もわからないのです。しかし、支援者側は、状況が崩壊したあとのことしか知りません」

※イメージです(以下、同じ)
2016年3月の結愛ちゃんの4歳の誕生日には、家族3人で楽しい時間を過ごしている。
ところが4月になり入籍し、雄大が転職して世帯としての形が整うと、直後から優里への「お前の子育てはなっていない」という長時間の説教が始まった。
「『家族』としての形が整うと、急に男性側が『お前の子育てはなっていない』と言い始める事例は他の事件にもあります」
優里自身も、子育てに自信がなく、それにもかかわらず正しい子育てをしなければならないという気持ちが強かったため、反論ができなかった。次第に、どうすれば雄大の説教を短くできるかと考えるようになっていった。
こうした心理的DVが日常化する一方、身体的DVとしては耳を引っ張られたり、顎をつかまれて強くゆすられたりする程度で、比較的軽かった。
「正しい子育てをしなければならないという意識は、二人のどちらにも非常に強かったことは注目していいと思います。自分たちの、つらいとか、疲れたとか、悲しいとか、嬉しいとか、そうした感情を大切にして子育てが始まるのではなく、いつも自分たちの外側に正解があり、それに合わせなければならないと脅迫的に思い込み、それができない自分たちを恥じている。
雄大は結愛ちゃんを思い通りにできないことに恐怖心すら抱いており、唯一支配とコントロールができる対象である優里を責めます。
これまで6件の虐待死事件の取材をしてきましたが、どの事件でも、親たちは過剰に社会が押し付けてくる価値規範に従おうとする。そうしなければ、自分自身のアイデンティティが保てないと思っているかのようです。それができなくなってから、ネグレクトや暴力が始まります」
杉山氏は「子育ては資源があって初めてできるもの」と話す。
「子育てには、お金、家、手助けをしてもらえる人たち(行政でも、家族でも)、時間、情報、自尊感情、が必要です。そうしたものがそろったうえで子育てができる。見落とされがちですが、自分は助けてもらっていい存在だと思えるアイデンティティ、自尊感情はとても大切です」