事件後、厚生労働省の専門委員会や東京都、香川県によって詳細な検証が行われている。その報告書が浮き彫りにしたのは、家族に接していた行政側の対応の不備だ。
すでに述べたように、結愛ちゃんは亡くなる前に、香川県の児童相談所に2度一時保護されていた。2回目の一時保護から戻った後は定期的に医療機関を受診しており、行政や医療につながっていた時期があった。それでも最悪の事態は防げなかった。
1回目の一時保護の際、優里は自らも保護してほしいと訴えている。また結愛ちゃんも児童相談所の職員に、「ママもたたかれている」と話していた。しかし、優里は身体に痣があるかと問われ、ないと答えている。そのため自分がDVを受けていると認識できなかった。
杉山氏はこれらの対応について「心理的DVの危険性について、当時の行政が認識していなかったことは極めて残念」と話す。なお、現在では、心理的DVでも、母子でシェルターに入ることは法的に可能になった。
2018年1月には、船戸一家は香川から東京に引っ越ししている。その際に、香川県の児童相談所が、転居先の住所を尋ねたものの、優里はそれを拒んだ。配偶者からの支配とコントロール下にある中で、第三者を信じることは容易ではない。
結愛ちゃんの一時保護を経て、家族は香川児相より児童福祉法に基づく「指導措置(法的な権限を持って改善を指導する決定)」がとられていた。しかし転居の際、致命的な不備があった。
転居前に香川児相で指導措置が解除され、虐待の証拠となる負傷写真も共有されておらず、品川児相側に「緊急性は低い」という予断を与えたのだ。指導措置のまま移管されていれば、品川児相の介入が可能だったはずだ。
「サイコパスによる特別なケース」として片づけてはいけない
杉山氏は最後に、事件をめぐる人々の反応と実際の加害者像との乖離について、こう述べる。
「この虐待死事件が発覚した当時、あまりの悲惨さに、雄大に対しサイコパスであり、特別な男性が行った行為だという考え方がありました。しかし、私自身は取材を続ける中で、彼に限らずDV加害者たちには、正しい家族でありたいという『正義感』があることに驚かされました。嫌がらせとして、DVや虐待に至るわけではないのです。
女性と子どもを逃すという発想だけではなく、加害者たちがどのような痛みの中でそこに至ったのか、なぜ、感情を失うような暴力に追いつめられていくのかという視点を伴う加害者臨床の発展が望まれます」
結愛ちゃんの虐待死などの事件を機に、日本の児童虐待対策関連の法制度には大きな見直しが入った。
親権者などによる体罰を禁止する「改正児童虐待防止法」や、児童相談所の体制整備を定めた「改正児童福祉法」が、2020年4月から一部を除き順次施行された。この法改正には、DVと児童虐待の支援の連携強化も組み込まれている。
その一方で、全国の児童相談所における児童虐待相談対応件数は高止まりを続けている。目黒の虐待死から8年が経過した今なお、児童虐待を考える上で必要なのは、家庭内の事情だけで問題を完結させることなく、社会全体で子どもと親をどう支えるのかを問い続けることではないだろうか。
【杉山 春】
1958年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌記者を経てフリーのルポライター。『
ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館文庫)で第11回小学館ノンフィクション大賞受賞
<取材・文/佐藤隼秀>