香川県で最初に結愛ちゃんが一時保護されたのは、2016年12月25日のことだという。
「雄大の心理鑑定をした心理士の法廷での証言によれば、この日、家族は優里の姉夫婦も招き、9月に生まれた弟も含めてクリスマスパーティーを開きました。姉夫婦が帰るとき、雄大は結愛ちゃんに玄関の明かりをつけてくるよう頼みます。しかし、結愛ちゃんはそこにあったお菓子を握りしめて別の部屋へ行ってしまった。
言うことを聞かない結愛ちゃんのあとを追うと、食事制限を命じているはずの結愛ちゃんがお菓子を食べている。雄大は我を忘れて怒りを噴出させ、それが暴力となりました。
自分が良い父、夫であることを示すチャンスが奪われたからだと思われます。結愛ちゃんの食事を管理していたのは、雄大が『太った女は醜い』という価値規範に囚われていて、結愛ちゃんだけでなく、優里の体型管理にも力を入れていたからです。優里は、摂食障害を発症し、雄大の前では食事ができなくなっていました」
その後、結愛ちゃんは上記を含めた2度の一時保護を経て、2018年1月下旬に、優里と弟と一緒に上京。先に東京に行っていた雄大と合流し、家族4人での東京生活を始めた。
雄大は四国での仕事を辞め、12月に一足先に東京へ引っ越していた。新居のアパートを探し、新たに仕事探しも始めていた。「これが最後の転職だと思っていた」と雄大は裁判で述べている。しかし仕事は見つからず、焦りが募る。

ルポライター・杉山春氏
東京で久しぶりに会った結愛ちゃんは、ふっくらしていた。1か月前から雄大と離れ、自由な生活を送っていたため、健康的に体重が増えていたのだ。雄大はそのことに激怒する。2月に入ると、優里から結愛ちゃんを取り上げ、自分で結愛ちゃんの子育てをするようになる。
「入籍と同時に、優里は専業主婦になりました。雄大は、女性は子育てができなければならないという価値規範とともに、男性であれば妻子を養わなければならないという価値規範にも囚われていたと思います。親世代の、父親がサラリーマンとして働き、妻子を養っていた時代の価値規範から抜け出せていない。しかも、自分自身が育った中流のサラリーマン階層からこぼれ落ちる状況にある。それは恥辱であり、また不安と恐怖であったと思います」
杉山氏は「雄大にとって結愛ちゃんを思い通りに育てようとすることは、自分の力を確認する作業だったのではないか」と推察する。
「雄大の意に反し、結愛ちゃんの体重は増えていた。雄大は思い通りにならない5歳の子どもに、自分自身のアイデンティティを損なわれるような恐怖心を抱えていたと考えられます。
2000年に愛知県で起きた虐待死事件では、子育てがうまくいかなくなった時、父親は会社人間になり、家族への関心を失います。仕事をアイデンティティにしていたからです。しかし、雄大はもはや仕事をアイデンティティにはできない。だからこそ、家族を思い通りにしようとしたのだと思います。
しかし、暴力でのコントロールは、どこまでいっても不安です。雄大の不安が増大するとともに暴力はエスカレートします。優里への心理的DVも同じです。きちんと育てれば一家は幸せになれる……。そうした雄大の妄想が事態をひどくさせていったのだと思います」