
もともと「胎内記憶」とは、胎児期の記憶のことだった。お腹の中で脳や聴覚が完成すると、胎児には外の音が聞こえるようになる。そのときに聴いた声や音が、生まれてからも記憶に残る――という類の話である。
現代の「胎教」も、こうした医学的事実をベースにしているものが多いだろう。それくらいの話であれば、胎児期からの「親子のコミュニケーション」として捉えることができる。
しかし、受け入れがたくなっていくのはここから。最近の胎内記憶では、「前世」や「魂として空の上の世界で過ごしていた」という、スピリチュアルな話がメインになっている。「お母さんを選んで生まれてきた」という話は、だいたいこの文脈で使われる。
本書でも、主人公「Mr.ベイビーマン」が空の上から母親の人生を見てきたとして、こう語りかける。
「だれよりもがんばってるの ばぶたんがいちばんしってるよぉー!!」
「ママをくるしませるためにうまれたんじゃないよ」
「ママは せかいいち すばらしい」
胎内記憶界隈では「子どもは皆ママを幸せにするために生まれてくる」という言説が標準設定だが、このフレーズは美しく感動的に見えながら、実態は子どもに親の心のケアを強いる「残酷な呪縛」になりかねないように思える。
そもそも胎内記憶の多くは、親による誘導尋問が生み出したものという疑惑もある。親の望むエピソードに合わせようとするうちに、子どものなかで「偽の記憶」が作られていくリスクもありそうだ。