Vol.4 学歴の低い彼女が「かわいそう」で結婚して、離婚・再婚した男性の胸の内
聞けば夫婦ともに子作り願望はないというから、このまま男女交際という形式を続けても良さそうなもの。少なくとも法律婚である必要はないのではないか。そう問うと、田中さんは少しだけ言葉を淀ませた。
「いい質問ですね(笑)。難しいな……。言ってみれば契約、かな。相互扶助契約。どちらかが病気で倒れた時には助け合う。……ただ、今の結婚が契約だというのは、あくまで僕の考えです。亜希子が聞いたらどう思うかは……わかりません」
理屈ではわかるが、腑に落ちない。そんな筆者の曇り顔を察したのか、田中さんは思い出したように話し始めた。
「関係あるかどうかわからないですけど……僕、相手を“守ってあげたい”って気持ちがまるでわからないんです。世の中には彼女や配偶者に“か弱さ”を求める男性もいますが、僕にはその志向が全然なくて」
現代の日本では、依然として「家長たる男が妻と子供たちを金銭的にも精神的にも庇護する」がデファクト・スタンダードとして生きている。いまだに一部女性誌がこぞって「男への上手な甘え方」を指南するのは、何をか言わんや。無論、若者の間ではそんな旧世代の“常識”は希薄だろうが、現在41歳の田中さん世代に対する「男児かくあるべし」という社会的圧力は、彼らの親世代からを筆頭にまだまだ存在するのだ。
「里美は僕に、夫として、未来の父親として、家長としての立ち居振る舞いを明らかに求めていましたが、応えてやれませんでした。でも亜希子はそれらをまったく僕に求めません。彼女に十分な収入があるのは理由のひとつでしょうが、精神的な自立心も強いんです。彼女は個たる人間として、揺るぎなく確立しているというか」
田中さんが結婚の理由として挙げた「金銭的に支えなくてもよい」は、「精神的に支えなくてもよい」の意味も含んでいた。
「精神的な自立心」「個としての確立」で筆者の頭によぎったのが、出版関係者やメディア関係者からよく聞く、同業者婚のリスクである。言葉を生業にする共働き夫婦は、互いの仕事に辛口のアドバイスをしたり、仕事におけるポリシーの違いを明確に言語化しがちなため、関係性に波風が立ちやすい。精神的な自立心が強い者同士が夫婦の場合、よりいっそう衝突が多いとも聞く。
「言い合いはもちろんありますよ。亜希子が関わっているWEBメディアと僕が関わっているWEBメディアは、直接競合ではないけどジャンルは近い。考え方のギャップで口論になったりもします。ただ、お互い年齢も重ねてるし、その衝突が関係を維持するための重大な瑕疵(かし)だとは思わないんです」
瑕疵、すなわちキズや欠点のこと。日常会話ではあまり使わない言葉をさらっと使う田中さん。亜希子さんとの議論でも、さぞかし豊富なボキャブラリーが飛び交うのだろう。
「里美は、亜希子みたいな言葉を持っていませんでした。口論になると、僕が一方的にまくしたてるみたいになって、議論にならない。僕はそれが嫌でした。里美としては頑張って僕に合わせてくれようとしていたようで、申し訳なかったです。ただ、僕はやっぱり、意見が合おうが合うまいが、話のできる相手がいい」
「守ってあげたい」がわからない

たとえ衝突しても話のできる相手がいい
