「こしあんVSつぶあん」こしあん勢歓喜の下町名物菓子とは/カレー沢薫の「ひきこもりグルメ紀行」
【カレー沢薫の「ひきこもりグルメ紀行」Vol.35 東京都「人形焼き」】
食べ物にも派閥というものがある。
もっとも有名な戦いとして日本史の教科書にも掲載予定と言われているのがご存じ「きのこたけのこ戦争」であり、こちらは未だに終戦しておらず、今でも日夜手段を選ばない攻防が続いている。
最近では「芋煮戦争」も有名だ。
山形VS宮城という局所的戦いでありながら、芋煮を知らない外部の人間がうっかり口を出すと巻き込まれて戦死するという「流れ弾による死者」が多い戦いとしても知られている。
だがそれよりも古くから、全国規模で繰り広げられている戦いがある。
「こしあんVSつぶあん」だ。
そもそもあんこが苦手、という人間がいるため、兵の数はそんなにいないように思えるが、そのあんこ苦手勢が「でもこしあんならギリで食べれる」などと言いだしたりするので、そのたびに戦場の空気がピリつく。
むしろ「あんこが苦手だけどこしあんは食べれる勢」の方が半端なこしあん好きより、強固なこしあん派としてつぶあんに攻撃をしかける「切り込み隊長」になりがちなため、そうなるとつぶあん派も黙っちゃいられねえ、となってしまう。
自分の支持するものをアゲるために、相対するものをサゲるというのは下策(げさく)であり、「あそこのファン層は民度が低い」と逆に評価を下げる一因になってしまうのだが、食べ物での争いでは互いのディスが公然と行われている印象だ。
つまり食の戦争とはラップバトルなのである。「汚いさすがきのこきたない」とどれだけ巧みに、相手をディスるかも評価ポイントとなるのだ。
今回のテーマは一言で言うなら「こしあん勢歓喜」であり、こしあんラップのリリックには必ず登場するであろう逸品だ。
人形焼き、これが今回のテーマである。
人形焼とは、文字通り人形の形をしたカステラ生地の中にあんこがたっぷり入っている。
発祥はこれも「日本橋人形町」と言われているが、東京下町名物として各所で売られている。
私も「こち亀」で人形焼の存在を知った気がする。
今回の人形焼は錦糸町の「山田家」の人形焼だ。
人形焼の形は、店によって違うが、山田屋の人形焼きは「たぬき」だ。
いきなり人形焼ではなく「たぬ形焼」なのだが、ここのたぬきは江戸文化研究家でもある漫画家の宮尾しげを氏にデザインを依頼した、こだわりのたぬきだそうだ。
また、包装紙にもこだわりがあり、民話『本所七不思議』が一面に描かれている。
この包装紙にはファンが多く、中には「包装紙だけくれないか」と言ってくる者もいるそうだ。まるでブランドのペーパーバックだ。
このように、あまた人形焼がある中で「山田家の人形焼き※ただしたぬき」というブランドを早くから確立した、やり手企業なのである。
しかし、人形焼(たぬき)自体は至ってシンプルだ。薄いたぬき形カステラ生地に、こしあんがたっぷりと入っており、こしあんが勝利を確信する味である。
何しろ山田家創業者自体が「こしあんこそが最上」という、こしあん原理主義なのだ。こしあん好きが作るこしあん菓子に狂いはない。
こしあん派がこしあんを推す理由に「食べやすい」というのがあるが、この人形焼きのこしあんもキメが細かく、あんこだが「サクサク食べれる」という言葉がぴったりだ。

食の戦争では、どれだけ巧みに相手をディスるかも評価ポイント

東京下町名物の人形焼き
こしあん原理主義の創業者が作った狂いのないこしあん菓子
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