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「中庭で新聞が舞う朝に」ーー鈴木涼美の連載小説vol.5

「安心しました。三年間同じ先生に習うんですよね、宜しくお願いします。もう本当に問題の多い子で。とにかくいたずらとか変なことしてやろうっていうんですかね、そういうことだけ一流で。うちのマンション、ってその今引越しをしてもうすぐ引き払うところですけど、そのマンションは四階に子どもが遊べる公園があるんですよ、吹き抜けのようになっていて、そこにね、落としたんですよ、一階ぶんだけで二十以上ある住戸のね、三階ぶんとちょっとの夕刊を。夕刊がポストに半分くらいまでささって、それが並んでいるのが目についたんでしょうか。それをどうにか遊びに使ってやろうって思ったんでしょうね。もう、四階の公園が新聞だらけになってしまって。それから、おトイレの冒険、なんて言って、家のトイレに、洗剤とか芳香剤とか、そういうものが置いてあるじゃないですか。それをドボドボ便器の中に入れて掃除用のポンプでかき回して、魔女がスープを煮込んでるみたいに」  鬼のササキ、なんて呼ばれて、校則や素行に厳しい指導をしている私でも、独創的で天真爛漫な子どもに魅力を感じることはしばしばあります。とても嬉しそうな口調で母親が語るサトウさんの物語は生き生きとしていて、面白く、自由な姿をしています。気分の作り方や人に聞かせる話の仕方をよく学んだ人だというのがわかります。もちろん、サトウさん本人ではなく、お母さんが。  手元にあった、入試と説明会で作られた生徒の個別資料にこっそりと目を落とすと、こんな言葉が書いてありました。「恥ずかしがり屋。自己主張が苦手。自分から話しかけるのは苦手だが、受け答えはちゃんとする。本の話が好き」。 「一番の仲良しって聞いたら、迷わず名前が上がるような、常に一緒に遊んでいるお友達がいたのではないですか?」  私が少し意地悪く聞くと、その嫌味には一切無頓着そうに、勢いよく同意して、また少し喋り、サトウさんの母親は忙しく学校を後にしました。  母親のはなす子どもの姿と、実際の子どもの姿形とが一致しないことなどよくあります。過度に期待する、とか、卑下する、とか、あるいは理想を押し付ける、なんていうととても響きが悪いけれど、こうあって欲しいという願いを持たない親なんていません。平凡な理想を平凡な語り口で語る親と、その平凡さを嫌う子ども、がいる一方、独創的な親が独創的な理想を語り、自分の平凡さに気づかない子どもとでは、する苦労や感じるせつなさが違うのも事実です。  友人と一緒にいたずらをした後、新聞の舞うマンションの中庭を、上階から見つめていた幼児が、自分は決して非凡ではない、と感じた後に、平凡な人生でも生きる価値がある、と思うようになるまで、どれくらいの時間がかかるのかは、彼女とろくに話したこともない私には、まだ知ることはできません。母親を見送ったついでに、まだしっかり花の残っている桜の木の幹にいた毛虫を追っ払い、私はまた職員室に戻りました。 <文/鈴木涼美 撮影/石垣星児 挿絵/山市彩>
鈴木涼美
(すずき・すずみ)83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)、『おじさんメモリアル』(小社)など。最新刊『女がそんなことで喜ぶと思うなよ』(集英社)が発売中
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