ただ、迷いがゼロだったわけではないという。
「やっぱり情はありましたから。向こうのお父さんとは仲良くしていたし、彼女がさびしがっていたことは事実なので。だから内容証明を出してからの1週間ほど、僕の精神状態はかなり荒れていました。
会社で打ち合わせをしていても、突然涙が出てくるんです。打ち合わせ相手には『季節外れの花粉症で』とごまかしていました」

しかし、真希さんの退去期限である6月30日の2日後である7月2日、退去が済んだかどうかを確認するためにドアを開けた森岡さんは、離婚が正解だったと確信する。
「まるで……山賊が襲撃したあとのようでした。
飼っていた猫と金目のものが綺麗さっぱり持ち去られていたんです。僕の私物も含めて。昔は良かったねとか、出会った頃に戻りたいとか、そんなの全部ウソですよ。ああ、この人はこの先の人生、ずっと同じことを繰り返すんだろうなと思いました」
その後の数日間はまさにホラーでした、と森岡さん。
「まずは7月3日の夜です。真希からマンションのカードキーを返却してもらうためにポストに入れておいてほしいと弁護士を通じて伝えていたんですが、
ポストの中にはカードキーと一緒に長い手紙と……婚姻届が入っていました。既に離婚は成立していましたから、離婚届じゃありません。婚姻届です。証人欄には真希の両親の名前。僕ともう一度やり直したいということです。背筋が凍りましたね」
翌日の7月4日には、さらなる恐怖が待ち受けていた。
「離婚した僕を励まそうと、友人が飲み会を開いてくれたんですが、
深夜の12時半頃にマンションのエントランスに入ると、ロビーに真希が待ち構えていたんです。住民しか入れないスペースですから、住人の後ろにピッタリくっついて入ったんでしょう。深夜までずっと待ち続けていたわけです。通報されたっておかしくない」
真希さんが退去前に弁護士立会いのもとサインした契約書によれば、真希さんが森岡さんに直接接触するのは明確な契約違反だった。

「真希の姿が視界に入った僕は、反射的に
“刺される!”と思いました。とにかく人のいる場所に逃げなきゃと、一目散にマンションの外に逃げ出しましたね」
「待ってー!」と追いかけてくる真希さん。逃げながら、話に応じる気はないと冷徹に言い放つ森岡さん。森岡さんは弁護士に電話を入れるが、刑事事件ではないので警察は介入できない。やむをえず、森岡さんはマンション前で真希さんと30メートルほどの距離を空け、そこから近づかないようにと真希さんに告げる。
「マンション住民は奇異の目で見ていましたよ。
深夜に変な距離を空けて男女が大声で話してるんですから。『やり直せないのー?』『嫌ですー!』って。彼女は自分の不倫を認めていて、僕に落ち度がないのも了解しています。だから
『さびしかった』の一点張り」
しかし金目のものを洗いざらい持ち去っている手前、森岡さんは真希さんの言葉に何の説得力も感じられない。
「直接接触は契約違反だとはっきり言ったんですが、真希は
『契約なんてどうだっていい、法律なんてどうだっていい!』と言い放ちました。あれは白けましたね。トレンディドラマじゃないんだから……」