Lifestyle

Vol.12-3 離婚した妻の「復縁」の迫り方がホラーすぎる。ポストに婚姻届け、深夜の待ち伏せ…

孤独で完璧な走者

 一連の離婚プロセスを聞いていると、森岡さんの精神力にはつくづく恐れ入る。稼ぎを搾取され、セックスを強要され、激しいモラハラ被害に苦しめられて疲弊を極めていたにもかかわらず、相手に悟られることなく秘密裏に不倫の証拠を集め、その間は何食わぬ顔で生活を共にし、一気に畳みかけて、相手を詰めたのだ。証拠集め中に7kgも体重が減った事実が、当時の森岡さんのひどい精神状態を物語る。しかし、森岡さんは折れなかった。弱音を吐くことも音を上げることもなく、独力で耐え抜いた。 「官僚だったうちの親父は、どこにも寄り道しないでまっすぐ家に帰り、家で酒を飲みながら職場の愚痴を吐きまくる人間でした。僕はそれがすごく嫌で、何度も家出したんです。僕は親父を反面教師にしていました。社会人になって結婚し家庭を持っても、仕事の愚痴を家庭に持ち込むのだけは絶対にやめよう。そう心に決めていたんです※写真はイメージです そう話す森岡さんは、過酷が極まる水泳・自転車・長距離走を孤独に、黙々とこなすトライアスリートそのものだ。38歳という年齢、かつ経営者と二足のわらじで、完走するだけでなく好成績を叩き出すには、どれほど自分を律し、追い込み、努力すればいいのだろう。不言実行、鉄の精神力。常人には計り知れない所業である。 「この会社に参加した頃、大変な修羅場をいくつも乗り越えたんです。最初の2、3年は毎日が綱渡りでしたね。それで鍛えられたのかもしれません。君は粘り強い、我慢強いと、うちの幹部からもよく言われます。物理的な痛みにも異常に強いみたいで、爪を割った時に麻酔なしで処置した時は、医者からも『信じられない』って驚かれました」

「私がいらないくらい、あなたは強い」

 最後に、森岡さんは思い出したように付け加えた。 「ああ、そうだ。真希にも言われましたよ。結婚2年目くらいかな。『あなたは、私がいらないくらい強い。強すぎる』って」  真希さんが「さびしい」と幾度も意思表示をしたのは、森岡さんの帰りが遅かったからではなく、森岡さんが辛さや痛みを自分だけで抱え込み、家庭に持ち込んでくれなかったからなのだろうか。今となっては、それを確認する術もない。  内容証明郵便を受け取った真希さんが森岡さんに宛てた手紙には、「昔は良かったね」と書かれていた。その“昔”とは、いつのことだろう。低体温症で命の危険に晒されていた森岡さんを、真希さんが救った時のことだろうか。森岡さんはその一件で、真希さんとの結婚を決意した。真希さんもまた、そこに運命を感じていたのかもしれない。  ――私がいなければ、“完璧”なあなたはそこで終わっていた。あなたに足りない40点分を埋めて“完璧”に仕上げるのは、いったい誰の仕事かしら?  洗濯物がうまく畳めなくて錯乱した真希さんの発した言葉が、ふたたび思い出される。 「あなたにとって、私はなんなの?」 ※本連載が2019年11月に角川新書『ぼくたちの離婚』として書籍化!書籍にはウェブ版にないエピソードのほか、メンヘラ妻に苦しめれた男性2人の“地獄対談”も収録されています。男性13人の離婚のカタチから、2010年代の結婚が見えてくる――。 <文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会> ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
稲田豊史
編集者/ライター。1974年生まれ。映画配給会社、出版社を経て2013年よりフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『オトメゴコロスタディーズ』(サイゾー)『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1~2』(漫画:雨群、集英社)(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga
1
2
3
4
Cxense Recommend widget
あなたにおすすめ