自分自身に対して「40歳でもがむしゃらにやれよ」と思った
――40歳を機に改名もされました。20年というキャリアの中でも大変なできごとかと。
新木:ゼロスタートでいいと思ったんですよね。だから改名しました。
本当は新人のときに「荒木宏文」という役者を知ってもらうことが必要でした。でもそのときは若かったし「荒木宏文を知ってもらう必要はなくて、自分が出た作品を愛してもらえたらそれでいい」「演じた役が魅力的だったり、もっと言うとその作品全体のバランスが良くて作品が面白いと思えてもらえたらそれでいいじゃん、役者なんだからさ」って思っていたんです。でも、D☆DATEでアーティスト活動することによって、荒木宏文というイチタレントも認識してもらわないと意味がないっていうことを学んだんですよね。
――新木さんご自身にとってもD☆DATEがひとつの意識の改革につながったんですね。
新木:そこを認識した上で、自分はどうやっていくのか考えたときに、これだけSNSなどが盛んになっている中で、どこでどれくらいのことを話すのかを考えた上で発信していかなきゃいけないよなって思っていました。
環境が整ってる中で、40歳っていう肉体的にも衰えや支障が出てくる、体力的にも落ちてくると言われるような年代に入ったからこそ、40歳にしかできないことをやるというよりは、僕自身に対して「40でもがむしゃらにやれよ」って思ったんですよね。
――確かに、普通なら40歳では守りに入りそうな。
新木:自分がここまで培ってきたものを武器に、より巧みに扱ったりそもそも武器自体を変える。40で使える武器を見つけていくっていうことが必要だったりするんだろうなっていうのは先輩方と話してて思ったんです。けど、自分自身が20代30代で培ってきた実力や、経験は正直足りないと思いました。
これを40歳のオリジナルの武器にするには、質も量も良くない、全然足りてないって思ったので、40歳ももっと先に新しいものを取りに行かないと、40歳以降の自分の俳優人生はないと思ったんですよね。