「宙ぶらりん」の時期を経て、すべての“点”が道になった
――キャリアについても伺います。芸歴25年を超えられましたが、WaTやソロ歌手としての活動があったからこそ今がある、と感じる瞬間はありますか?
小池:WaT時代はキラキラとしたアイドルのような印象を持たれることも多かったのですが、実際はストリートから始まり、インディーズを経てメジャーデビューした経緯があります。かなり地道な活動からスタートしているんです。10代はただ楽しく、音楽や好きなことに没頭していました。
でも20代に入り、役者業を並行する中で「大人としての役の幅を広げなければ」と変化の必要性を感じるようになりました。
――変化が必要だと感じたんですね。
小池:役者業の面白さに気づき始めた一方で、当時のWaTのイメージに縛られている自分に対して「本当にこのままでいいのか」という迷いが生まれました。活動が停滞していた時期もあり、当時はすごく「宙ぶらりん」な感覚でしたね。
――そこから、どう乗り越えられたのでしょうか。
小池:そんな時に出会ったのが、ミュージカルという世界でした。アーティスト活動と俳優業の両方を経験していたからこそ、「挑戦してみたい」と思えたのだと思います。実際に飛び込んでみると、想像以上に難しくて奥深い世界でした。自分の実力不足を痛感したことで、逆に「まだやれること、やりたいことがこんなにあるんだ」と視界が開け、がむしゃらに食らいつきました。
――それが『1789 -バスティーユの恋人たち-』や『キンキーブーツ』での高評価、そして菊田一夫演劇賞の受賞に繋がっていくのですね。
小池:賞を目標にしていたわけではありませんが、何かに認めてもらえたという事実は、当時の自分にとって非常に大きな支えになりました。そこでふと振り返った時、「アーティスト活動をしていなければミュージカルの道は開けなかったし、役者として踏ん張ってきたから今がある」と確信できたんです。
――過去の葛藤も無駄ではなかった、と。
小池:モヤモヤしていた時期も、点在していた経験のすべてが一本の道としてつながった気がしました。人生って面白いですよね。「中途半端だ」と悩んでいたことが、すべて今の自信に変わりました。そこからようやく、一歩一歩の重みを踏みしめながら前を向いて歩けるようになったと感じています。
――かつての相棒であるウエンツ瑛士さんの活動は、気になりますか?
小池:「頑張ってるな」と思うくらいですが、やはり他の人を見るのとは違う感覚はありますね。
――ウエンツさんは柿澤勇人さん、木南晴夏さんと組まれて活動もしていますね。
小池:カッキー(柿澤)もそうだし、晴夏も、僕もよく知っているし。なんかいい大人になって、仲良し三人組で楽しそうなことをしているなと思います。羨ましいというよりは「いいね、楽しそうだな」という気持ちです。
――「みんな頑張っているから、俺も頑張ろう」というスタンスでしょうか?
小池:そうですね。どこかから届く「お便り」を受け取っているような、そんな感覚で応援しています。