音楽や映画は、僕みたいな人間同士を繋げてくれるツール
――峯田さんのInstagramのトップに「僕のレコードは僕を守るけど僕をひとりぼっちにもする」とあります。表現することで孤独を感じながらも、表現を続けているのは、どこかで「それでも音楽で誰かと繋がれる」という希望を持っているからですか?
峯田:僕は昔から、みんなで集まって飲みに行くみたいなのがあまり得意じゃなくて。どちらかというと、ひとりで映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたりするのが好きなんです。だからといって別に寂しいと思っているわけじゃないんですけど、孤独を感じる瞬間はたしかにあります。
でも、そういう中で「あ、バンド好きなんだ。何が好き?」と話すだけで、一瞬にして友達になれる。音楽や映画は、僕みたいな人間同士を繋げてくれるツールだという気持ちはあります。
――自分自身でいるためのものでもあり、誰かと繋がれるものでもあると。
峯田:会社や学校がつまらないって時に、3分間の一曲を聴いただけで気分が変わる。自分を守ってくれる鎧であり、社会と闘うための武器みたいなものだとも思います。
どうせ笑われるなら、自分から派手にぶっ転んで、笑わせてやる
――「武器」というワードが出ましたが、峯田さんには、弱さを隠さない強さを感じます。
峯田:僕の脚のことになるんですけど、子どものときは小児麻痺の症状があって今より脚が悪くて、松葉杖を使っていたんです。運動会のかけっこに参加できたのも小学校2年生からでした。「やっと走れる!」と思いましたが、変な走り方だから絶対にみんなに笑われるなとも想像できました。だから自分の番が来て「よーい、どん」で走り出した瞬間、僕、わざと転んだんです。
――わざとですか?
峯田:はい。そしたら周りが「やっぱり転んだ!」とワーッと盛り上がって。もちろん、指を差されて笑われるのは怖いし嫌ですよ。
でも、ただゴールしてもビリだし、笑われると最初からわかっているなら、自分から派手に転んでやろうと。2年生のときに自分でそう決意したことを、はっきり覚えています。みんなが思っていた通りの反応をして、「まんまとやってやった」って。
――笑われたのではなく、自分が「笑わせてやった」と。
峯田:そうです。なんだか強くなれた感じがありました。ただ運動会が終わって帰るときに、親友の長岡君から「お前、わざと転んだだろ」と言われまして。彼だけにはバレていたんです(笑)。やっぱりこいつには分かるんだなと。今は頻繁に連絡は取ってないですけど、去年同窓会があって久しぶりに会いました。今でも親友です。