それでも数ヶ月は友だち関係のままだった。ただ、リョウコさんが2回続けて教室に姿を見せなかったとき、カツヨシさんはパニックに陥った。
「このまま会えないのではないかと思うと、恐怖で体が震えました。そこでようやく、自分がいかに彼女を好きなのかがわかった。どうなるかわからないけど、
命には限りがあるんだから、私は彼女ともっと親密になりたいという自分の気持ちを大事にしたいと思ったんです」
リョウコさんにトークアプリで連絡をとってみると、ひどい風邪をひいたが来週は行けると返事があった。カツヨシさんは自分が涙ぐんでいることに驚いた。
「社会人になって早く家庭をもった。20代のころから全力で突っ走ってきて、ほとんど自分がどうしたいかなんて考えたことがなかったんですよね。
休日の過ごし方も旅行も、自然と家族の希望を優先していた。それでいいと思っていたけど、私には私の希望や欲望があったんだと発見したんです」
リョウコさんには、ひとりの男として素をさらけだした。それがなんとも居心地がよかったのだ。彼女もそう思ってくれていればいいのだが、とカツヨシさんは思ったという。
「翌週会ったとき、帰りにふたりで食事に行かないかと誘いました。彼女は頷(うなづ)いてくれて。待ち合わせの喫茶店で会ったとき、彼女を必死に口説いたんです。酒の勢いにはしたくなかった。
家庭があるけれど、ボクはあなたに恋をしてしまった、もう自分の気持ちをごまかせないと正直に言いました」
彼女は笑いながら自分にも家庭がある、ほしかったけど子どもができなかったと語った。
「
食事もせず、そのままホテルに直行しました。あまりの緊張でぎくしゃくしちゃって。それも正直に言いましたよ」
抱き合っているとき、その日が自分の誕生日だとカツヨシさんは思い出した。人生、がんばってきたことを神様が見ていてくれた、そんな気がしたという。
それから約3年、リョウコさんとの関係は密かに続いている。先日、手術から5年がたち、リョウコさんがレストランを予約して祝ってくれた。
「
5年たってここにいる。うれしかったですね。彼女と一緒にいられるなんて、5年前には考えもしなかった。彼女が言ったんです。『あなたが家族に、5年生存率の話をしなかったのがわかる気がする。私もそういう状況だったら夫には言わないと思う』と。夫婦仲がいい悪いの問題じゃないんです。私と彼女はそういう意味で同じ種類の人間なんだと思う」
もちろん家族も5年たったことを祝ってくれた。50パーセントの話は知らなくても、目安である5年を無事に経過したことを喜んでくれたのだ。それは彼もうれしかったという。
「結局、
家族に対しては、家族だからこその遠慮があるんですよね。私の場合は心配させたくないと同時に、あまり干渉されたくない。近いからこその遠慮かな。でも彼女に対しては素直に全部出せる。死にたくないと彼女の胸で泣いたこともあります。彼女とは生活をともにしていない分、どうしても距離がある。その距離に乗じて甘えてしまうのかもしれません」
家族には甘えられない。外の女性には甘えてしまう。妻からみたら身勝手かもしれないが、こういうタイプの男性は少なくないような気がする。カツヨシさんは、自分が身勝手なことも重々承知だ。だが、妻との関係も今さら変えることはできない。
「こうなったらいつ死んでもいいと思う半面、いや、家族のためにもリョウコさんのためにもまだ死ねない。そんな気持ちになっています」
肌つやのいい張りのある笑顔を見せた。
<TEXT/亀山早苗>
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【亀山早苗】
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『
復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数