「トイレに行こうね」父親のようにふるまいだして……
「その男が突然妹の手を引いて、
『なんだお腹痛いのか?』『じゃあトイレに連れて行ってあげるよ。もう少しガマンできる?』と言い始めたんです。妹はその間何も言っていないのに。一方的にどんどん馴れ馴れしい口調になって、まるで子どもの世話をしている親戚のおにいちゃんか、
お父さんのような口調になっていくのが本当に怖かった。この人なに? なにがしたいの!? と、とにかく恐怖でした」
車内の乗客に向けて、わざと聞こえるように親子や身内だということをアピールしているように見えたそうです。そしてついに男はある行動に出ます。
「さすがに妹も幼心(おさなごころ)に『なにかおかしい』と感じたのか、私にくっついてきました。でも男はおかまいなしに、妹の手を引いてトイレに連れていこうとする。私も妹の反対の手を引いて抵抗しましたが、妹が痛がったので思わず離してしまって……。その間に男は妹を抱えて、車内の一番隅のトイレに向かって歩き出したんです」
助けを求めたいけれど、何をどうしたらいいのか分からない。それは妹も姉も同じでした。ほかの乗客も、まさか狭い車内で犯罪が行われようとしているとは思わないはずです。
妹がトイレに連れ込まれる! でもパニックで助けを呼べない!
「このままでは、妹がトイレに連れ込まれちゃう!」
密室に大の大人に連れ込まれるのがなぜ怖いのか、どんなことをされる可能性があるのかは、当時の田淵さんはあまり理解していなかったようですが……
「なにが危険なのか、正直いまいちよく分かっていなかったと思います。でも、
それはなんとなく怖いことで、絶対にさせちゃだめだ! と、直感で感じたんだと思います。
なんとか止めなきゃ! と思って、やっと絞り出せたのは、
『妹はおしっこじゃない!』『おしっこじゃないもん!』という叫び声でした。とにかく、ひたすら叫んでいた気がします。そのうち近くにいた女性や、女子高生たちのグループが『なにがあったの?』『大丈夫?』と近寄ってきてくれて。一人の女性が男に声をかけた途端、妹を乱暴に席におろして、別の車両にそそくさと逃げていったんです。追いかけることもできずに、ただずっと怖かった……」
声を上げられない幼い子どもを標的にするとは、あまりに卑劣。
「
わりと人がいる電車内でも、壁一枚を挟めばもはや“密室”になるんですよね。もし誰も気が付いてくれなかったら、妹は取り返しのつかないことになっていたかもしれません。それ以来、今も電車移動は苦手です」