――22歳で進路に悩まれたんですね。

メリーゴーランドのケーキ
小住「はい。それでケーキ屋を営んでいる父親にその話をしたら『一回、ケーキ屋で働いてみたらどうか』と言われたんです。父親のその言葉を聞いているうちに、それもありかなと考えるようになって『それならパリに行ってお菓子を作ろう』とパリに行きました」
――「ケーキ屋で働く」からいきなりパリ!!!
小住「まわりからはめちゃくちゃとめられました。『普通に就職すればいいじゃん』とか『なんで22歳でそんなことをするのか』とか。僕はサッカーをずっとやってきたので、『自分からサッカーをとったら何も残らない』という焦りもあったと思います。何か自分に残すものを作りたい、と反対をおしきってパリに行きました」
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ミトンのケーキも!
――パリでの修行はどうでしたか?
小住「ケーキも作れないしフランス語もしゃべれないうえ、パリはパティシエのスーパースターが揃う街だったので最初はビビリました。でも、実際にパリのケーキ屋でケーキを作ったら思いの外うまくできたんです。上手にできて褒められたら嬉しいですし、『自分でもできる』という自信が楽しさにつながっていきました」
――突然のお菓子留学だったのに、順風満帆だったんですね。
小住「いえ、とにかく辛かったです。大金をあげるからフランス時代に戻れと言われても『絶対に嫌だ』と言います。アジア人だからという理由でいろんな人種差別を受けました。職場のトイレに閉じ込められ、水をかけられたこともあります。職場で何かトラブルが起きると、知らないうちに僕のせいにされて場がおさまることもしょっちゅうでした」