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「ゲレンデが溶けるほど恋をした」ーー鈴木涼美の連載小説vol.4

『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは自らを饒舌に語るのか』、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』、『おじさんメモリアル』などの著作で知られる鈴木涼美による初の小説『箱入り娘の憂鬱』第4回! 鈴木涼美『箱入り娘の憂鬱』

第4回「ゲレンデが溶けるほど恋をした」

 ママを連れて来れば多分一発で見つけられたのだろうけど、あいにくママはその日、最近ちょっと仲良くしている男の人と、長崎の五島列島に旅行に行っちゃっていて、というか、パパがママよりむしろワタシに年齢が近い女の人と子供を作ってから、うちにはパパが帰って来なくなって、その代わりにママは前以上に仲間とゴルフに行ったり旅行に行ったりするようになっているので、ワタシは小さい頃からちょくちょく子守に来てくれているケーちゃんと過ごす時間が少し増えた。ミミちゃんもケーちゃんに会ったことはあるはずなのに、鎌倉駅のタクシー乗り場にいるワタシとケーちゃんを見つけるのに十分近くかかったので、ワタシだけじゃなくケーちゃんも結構変わったのかもなと思う。一緒に暮らしていたマンションを出てから10年、大人だって変わるくらいには結構長い時間だ。    それにしても、ミミちゃんのリアクションは大きすぎる気がする。え? 嘘? 本当に? 誰かと思った!ってなんども言われて、確かにワタシって幼稚園の時は華奢で小さくて、ちょっとぽっちゃりしたミミちゃんと写ってる写真なんて、脚の太さが半分、顔の大きさも一回り違う、って感じではあったんだけど、でもだからこそイメージ変わったー、って言うのが、なんか大きくなったね縦も横もっていう風に聞こえてちょっと不快だった。もともとむっちりしていて、今もむっちりしているミミちゃんはイメージは変わってなかったけど、ワタシがちょっと思春期に太ったところで、ミミちゃんと脚の太さが同じくらいになっただけなのに。  ただ、小学校で思いっきり似合わないショートカットにさせられていた頃に比べると、髪を伸ばして少し染めたミミちゃんは、だいぶマシになったような気はした。というか、ショートカットのイメージが強くなりすぎて、ママとワタシの間ではこっそりミミオなんて呼ばれていたのだけど、ミミオというよりはミミ子って感じになっていた。もっとも、髪の毛を染めるのは中学校でも禁止だったらしくて、高校に入る前の休みに入ってつい最近染めたてなのか、根元まで綺麗につるんと染まっているのが、逆にちょっとダサいような気もした。ちなみに、先週ピアスも開けたらしく、病院で開ける時に使われる、なんの装飾もないプチッとしたピアスが、やや赤らんだ耳たぶについていた。  ワタシたちがまた3年間ほど疎遠になっていた間にも、ママ同士は連絡を取り合っていたらしく、春休みにスキーキャンプに突っ込もう、というのはミミちゃんのママが言い出したことらしい。ワタシは今までも冬になったらスキーキャンプに行っていたのだけど、そう言えば小さい頃から、ミミちゃんはサマーキャンプには行くのにスキーキャンプには行っていなかった。高校に入る前に、ちょっとくらいは滑れるようになっておいた方がいいとか、そんな理由なんだろうか。  とにかく、私たちはミミちゃんのママが見つけてきたYMCA主催の子供向けスキーキャンプに一緒に参加することになった。たったの3泊だけど、親から解放されるキャンプは、ワタシは気楽で好きだし、少なくともワタシの記憶の中のミミちゃんも、そういう機会は好きだった。幼稚園時代に夏のキャンプなんて行くと、テントとかコテージの中で夜必ずママーって泣く子がいたけど、別に死んだわけでもないしキャンプが終われば会えるわけだし、なんで泣く必要があるのかワタシたち二人はいっつも謎に思ってたタイプ。だいたい、家にいるときは怒られたりうざがったりしてるのに、離れた時だけママ大好き、なんてとっても効率の悪い人生だと思う。一緒にいる時はなるべく軋轢を少なくして、離れている時はその人のことなんて忘れて羽を伸ばすほうがずっといい。  うちのママはパパがまだうちによく帰ってきた頃は、ソファでパパの上に乗っかったり、パパが好きそうな映画のビデオを用意したりして楽しそうだったけど、帰ってこなくなったら、パパのことなんて微塵も思い出していなそうだ。そもそもワタシはおデブな男も白髪の男も無理だから、綺麗なママがなんで白髪でおデブのパパにキャッキャしてるのかよく分からなかったけど。
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ワタシたちは翌日からスキーキャンプに出かけた
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