「彼も既婚で、奥さんとふたりの息子さんがいる。とても幸せそうです。ただ私、彼を本気で好きになればなるほど、だんだんせつなくなってしまって。
奪いたいなんて思ったことはありません。彼の大事にしている奥さんに敬意を抱いています。万が一、自分が奪うような言動をとったりしたら、そのときは舌を噛んでしまおうと決めているんです」
この言葉には驚かされた。自分がコントロールしきれないもうひとりの自分が潜んでいて、彼や彼の家族を傷つけることを畏れているのだろう。彼女の不倫話にまったく嫌みがないのは、彼女自身が自分を客観視しているからだ。言い換えれば、それだけ自分の過去と、現在の苦しい恋に向き合って考えてきたのだろう。
そして彼女はひとつの結論を出す。
「彼の子どもがほしい」
最初、それをショウイチさんに話したとき、彼はすぐに拒否はしなかった。拒否ではないが、「状況的に無理かもしれない」とつぶやいた。そうだよね、と彼女は納得したが、しばらくしてから彼のほうから「認知もできないけど、それでもいいの?」と言ってきた。
1年間という期限をもうけて、ふたりは避妊するのをやめてみた。期限ぎりぎりで彼女の妊娠が発覚したとき、彼は涙ぐみながらはしゃいだ。
彼女は彼と出会って、自分で自分を認められるようになって過去から脱皮した。そして、自分の意見を率直に言える人間に変わった。同じように、おそらく彼のほうも自分が変わったことを実感していったのではないだろうか。
「それでも実際に妊娠してつわりがひどかった時期、私はけっこう彼に当たり散らしちゃったんです。自分が望んだことなのに、これでいいのか、本当にいいのかと思ったし、先行きが不安でたまらなくて」

その間、自分の子だと信じている夫は非常に優しくしてくれた。ショウイチさんとつきあうようになって気持ちが安定したレイコさんのことを、夫は結婚当初のように愛してくれるようになっていったという。
「不思議ですよね。一時はセックスレスだったのに私とショウイチさんがうまくいけばいくほど、夫ともうまくいくようになっていって。
私にとって夫がいちばん好きな人からはずれたから、夫はプレッシャーを感じなくなったのかもしれません。もちろん、夫は私がこんな関係を外でもっているとは知らないけど、私の態度が以前と違ったことは意識下で感じ取っているのかなと思うことはあります」
あと数ヶ月で、待望の子どもが生まれてくる。揺れていた心は現在、非常に透明に凪(な)いでいるそうだ。
「夫もショウイチさんも子どもたちも、みんなを全力で愛したい。全力で向き合っていきたい。今は強くそう思っています」
レイコさんの顔をふと見ると、仏像のような微笑みをたたえている。こういう関係はもちろん公にはできない。今後、何があるかもわからない。それでも彼女なら、乗りこえていくのではないか。全身全霊で人を愛することを知ったのだから。
<文/亀山早苗>
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