News

「トランス女性のトイレ問題」は、それ自体が“ズレた議論”であるワケ/高井ゆと里さん・後編

 近年、トランスジェンダーという言葉を聞く人は増えたのではないでしょうか。トランスジェンダーとは、生まれたときに法的に登録された性別とは異なる性別を生きている人のことです。  トランスジェンダーについて発信する人が増えている一方、TwitterなどのSNSを中心に差別的な投稿も見受けられます。  また、「心が女性だと言えば、女湯や女性トイレに入れるようになってしまうのでは?」のような、トランス女性(生まれたときに法的に登録された性別とは異なるものの、現在は女性という性別を生きている人)のスペース利用をめぐる議論が絶え間なく行われています。
群馬大学准教授・高井ゆと里さん

群馬大学准教授・高井ゆと里さん

 インタビュー前編では、群馬大学准教授であり、『トランスジェンダー問題――議論は正義のために』(ショーン・フェイ著)の翻訳者でもある高井ゆと里さんに、トランスジェンダーの人たちに立ちはだかる問題について話してもらいました。  今回は、SNSなどにおけるトランスジェンダーの議論や女性用スペースのことなどについて聞きました。 【前編を読む】⇒トランスジェンダーが抱える「トイレ利用」よりも深刻な問題とは?/高井ゆと里さん・前編

止まらない女性用スペースをめぐる議論

――SNS上では、トイレや温泉など、「トランスジェンダーの人々の共同スペースの利用」についての発信を多く見ます。それについて、どのように考えていますか? 高井:当事者のおかれている状況を理解しないまま、当事者不在の議論が行われていると感じます。トランスジェンダーとひとくくりにしても、さまざまな人がいます。たとえば、トランス男性(生まれたときに法的に登録された性別とは異なるものの、現在は男性という性別を生きている人)でも、すでに男性として生きている人だけでなく、「できれば男性として社会生活を送りたいが、周囲からは女性として認識されている」「これから身体を男性的に変えたいと思っている」など、一人ひとりの状況は異なるのです。 そんななか、例えば条例や学校・会社の規則でトランス男性は女性トイレしか使えないと決めてしまうと、すでに周囲から男性として認識され、男性として社会生活を送っているトランス男性は男性トイレには入れなくなります。「使えるトイレがない」という状態へと追いやられてしまうのです。 ――なかでもトランス女性の女性用スペースをめぐる問題は、Twitterでも多く見かけます。 高井:トランス女性が女性用スペースを使うべきかどうかの議論がされるとき、ほとんどの人がイメージしているトランス女性というのは、“心は女性だと言っている男性の見た目をした人”なんですね。 ですが、先ほども言ったようにトランスジェンダーのなかにもさまざまな状況の人がいて、当事者には男性用・女性用どちらのトイレを使うかの選択肢はありません。男性として社会で過ごさせられているトランス女性は、現実には多目的トイレと男性トイレしか使えませんし、女性として社会で過ごしているトランス女性は女性トイレしか使えないのです。 ――共同スペースの利用について、当事者はどのような問題に直面しているのでしょうか? 高井:友達に旅行に誘われても、着替えやお風呂を共有するのが嫌だから1人だけ行けなかったりすることがあります。また突然の災害で避難所生活を余儀なくされると、衛生状況を保つためにどうしても他の人と共同のお風呂を利用するほかありませんが、それが叶わないために、避難すべきタイミングで避難ができなかったりします。多くのトランスジェンダーが、そもそも公衆浴場に入ることができていないことを忘れないでください。 SNS上では「トランスジェンダーの差別がなくなったら、女性・男性ですと言えば誰でもそのスペースに入れてしまう」という意見があります。ですが、入れるトイレ、入れるお風呂がなく困っているトランスジェンダーが多くいる現実を知れば、その議論自体が誤っていることがわかるかと思います。 それに悪意を持って女性トイレや女湯に入る人たちは「トランス女性」ではありません。まったく別の人たちの話を持ち出していることに気づくべきです。

著名人の発言が当事者にマイナスの影響を与えることも

高井さん――トランス女性の女性専用スペースの利用をめぐる橋本愛さんの「公共の施設で、身体が男性の方に入って来られたら、とても警戒してしまう」「女性用スペースでは、心の性別ではなく身体の性別で区分するのがベター」といったinstagramストーリーズ投稿が、ネット上で騒がれていました(※)。影響力のある人がSNS上でこういった議論に参加することについて、どのように捉えていますか? 高井:トランスジェンダーの人たちの声が反映されていない議論が、今回のケースのように当事者についてあまり知らない人のもとに届いてしまうことがあります。トランスジェンダーに対して敵対的な気持ちをもっている人が、誤った情報や本来すべき話とは違った話を拡散することで、橋本愛さんのような影響力のある人に届き、さらにずれた議論が加速していってしまうのかなと。 本人は素朴な気持ちを書いただけなので悪意があったわけではないと思います。ですが、そのような出来事があったとき、同時にトランスコミュニティにマイナスの影響を与えることも忘れてはなりません。 ――具体的にどのようなマイナスの影響があるのでしょうか? 高井:このような炎上で芸能人が謝罪すると、「トランスジェンダーの人たちが黙らせた」という人が多くいます。当事者に発言権がないために、こうした不適切な問題設定やミスリーディングな言説が拡散されるのに、そこで差別を助長する発言をした芸能人が謝罪をすると、あたかも当事者に発言力があるかのように捉えられるのです。 さらにそれを面白がる人たちも多くいます。すると、弱者であるトランスジェンダーは、当事者の経験を発信したり表に出たりすることを避けてしまうわけですよね。 (※編集部注)橋本愛さんは騒動になった投稿の同日にinstagramストーリー上で謝罪している。さらに本取材後の2023年3月30日に発売された『週刊文春』の連載「私の読書日記」上で、「(寄稿文について)至らなかった点については都度学んでアップデートしていくことを自分自身に約束する」と前置きした上で、今回のinstagram投稿について「何の知識もないままに、究極的に安易な誤解をし、あらゆる人たちを気付かぬうちに排除しようとした」と反省を述べ、騒動後にLGBTQ+の人々について学んだ知識や当事者のおかれている状況について綴っている。
次のページ 
対立ではなく「対話」を
1
2
Cxense Recommend widget
あなたにおすすめ