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「可哀想って決めつけないでください!」怒る若者と対話も。『宮本から君へ』の鬼才が放つ“欲望”をめぐる今への問い<漫画>

放課後の教室で男子にペディキュアを塗らせた実話に感動

――『SPUNK‐スパンク!‐』の主人公は、奔放でパワフルな夏菜(かな)と対象的に、もう一人の主人公・冬実はこじらせ気味な文学少女。うじうじしているように見えて、実は結構傲慢(ごうまん)というか…。 新井英樹(以下、新井):無神経だよね(笑)。俺、普段「自分はこれだけデリケートなんだ!」って言ってる人の繊細じゃない部分が見えた瞬間に笑いこらえるのが大変で。自分が繊細でありたい部分以外は結構ひどかったりするのに、それに気づいても見ないようにしてるんだろうなって思う。 ――冬実には、特定のモデルはいるんですか? 新井:いないけど、放課後に男子にペディキュアを塗らせるっていうエピソードはゆみこさんのお店にいた女王様のエピソード。「地方の高校、放課後の教室で塗らせた」って聞いて、俺感動しちゃって。それすごい!って。 『SPUNK‐スパンク!‐』で書きたいエピソードの2本柱のひとつがこれだった。もう一つが、白線もそうなんだけど、倉科(くらしな。マゾヒストのヤクザ。前回記事参照)との話。嵐の中、ベランダで…っていうのが、抜群だなと。 ――第1話目で、知らないおじさんにボンテージを買ってもらった直後に、いきなりパッと水攻めのシーンに切り替わるリズムがすごくいいなと思いました。 新井:第1話目はかなりリズム重視だった。パワフルで元気のいい話ですってやっておいて、第2話目でわざと多めのモノローグにしたのは、ほらめんどくさいでしょ?って(笑)。でも下手すれば、大半の人はこれ(第2話)に近いでしょ。1話目と2話目を対比にして、テンポもリズムも変えようと。 月刊コミックビーム編集担当・清水(以下、清水):第2話目で、あれだけモノローグで一生懸命自分語りしたのに、最後に「オモんな」って言われる(笑)。でもそこから「切実と滑稽(こっけい)」に繋がっていく。

先に検索がある今、欲望ってどこにいったの?

新井:ただ難しいのは、俺が「苦しいことや大変なことを笑って乗り切ろうよ」っていう漫画を描くことで、若い人たちの無関心に加担しちゃうんじゃないかっていう怖さもある。例えば、いまの政治が若者を切り捨てる政策ばっかりとってるのに、俺が「それでも我慢して笑っていれば大丈夫だよ」って言ってると捉えられたら嫌だなあって。 何年か前に「今の若い子たちは、経済的な意味ですごく可哀想」って言ったら、24、5歳くらいの女の子に「可哀想って決めつけないでください!」って怒られた。「私たちはすごく幸せで楽しく過ごしてる」って。だから、言い方を変えて「俺らの頃は、少なくとも金の面では今より困らなかった。金が全てってわけじゃないけど、あったらあったで『あれもできる、これもできる』って選択肢が増える。でも今の子たちはその選択肢すらないってことに俺はこの歳でうしろめたさを感じる。そういう世の中にしちゃった大人の一人だから」って説明して、それで折り合いをつけてもらった。惨(みじ)めだって言ってるわけじゃないって。 ただ、政治的社会的な構造でいうと「貧しくても幸せです」って言ってる若い子たちが、利用されちゃいそうなのが怖いしうしろめたい。かといって、「選挙行って政治を変えなきゃだめだ、世の中変えよう!」って言ったら引かれちゃうし。どうすればうまく届くんだろうと。もうちょっとマシになってもいいんじゃないかって気持ちが少しでもあるなら、もっと求めていいのになって。 SMって、ああしたいこうしたいっていう欲望が全面に出てくる。だけど、今は欲望ってどこにいったの?っていう感じがすごくある。要するに、欲望よりも先に検索がある。検索してその中から選ぶ。それって欲望なの?って。 まず先に「どうしたらいいんだ!」っていうくらい強い思いがあって、それでああしたいこうしたいという欲望のためには何をしたらいいのかを調べるっていうのが通常の手順のはずだったし、自分と同じ思いをしてる人を探して出会うまで、タメの時間があった。今は決まった場所に行けば同好の志が集まっていて、そこかしこに同好の志の世界ができて、他とは一切交流しない状態の価値観が生まれちゃってる。欲望って、使い方ひとつで犯罪にもなるけど悪いものじゃないっていうのを、この作品でやりたい。
新井英樹さん

新井英樹さん

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街には逃げ場にもなる穢れの場所が必要
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